兪楽で治す

適 用 疾 患

WHO(世界保健機構)は1979年に鍼の適用疾患として以下の43疾患を挙げています。その後30年間、様々な機関で鍼灸に関する西洋医学的なアプローチによる研究が重ねられていますが、あまり捗捗しい成果にはつながっていないように思います。

鍼の適用疾患

I. 上気道疾患
急性副鼻腔炎、急性鼻炎、感冒、急性扁桃炎

II. 呼吸器疾患
急性気管支炎、気管支炎

III. 眼疾患
急性結膜炎、中心性網膜炎、近視、白内障

IV. 口腔疾患
歯痛、抜歯後疼痛、歯肉炎、急性慢性咽頭炎

V. 胃腸疾患
食道、噴門痙攣、しゃっくり、胃下垂、急性・慢性胃炎、胃酸過多症、慢性十二指腸潰瘍、急性十二指腸潰瘍、急性・慢性腸炎、急性細菌性赤痢、便秘、下痢、麻痺性イレウス

VI. 神経・筋・骨疾患
頭痛、片頭痛、三叉神経痛、顔面神経麻痺、脳卒中後の不全麻痺、末梢神経障害、急性灰白髄炎の後遺症、メニエール病、神経因性膀胱、夜尿症、肋間神経痛、頚腕症候群、五十肩、テニス肘、坐骨神経痛、腰痛、変形性関節症

WHO見解/1979年

1998年、今から約10年前に米国国立衛生研究所(NIH)の合意声明書の中で鍼が有効な疾病および鍼が有効な可能性がある疾患として次のように挙げられています。


鍼が有効な疾病

術後・薬物療法時の吐き気・嘔吐、妊娠悪阻、歯科術後痛


鍼が有効な可能性がある疾病

薬物中毒、脳卒中のリハビリテーション、頭痛、月経痛、テニス肘、線維性筋炎、筋筋膜性疼痛、変形性関節炎、腰痛、手根管症候群、喘息

NIH合意声明書/1998年2月

同様にWHOはガイドライン(1999年)の中で鍼治療を避けるべき疾患として以下の4つを挙げています。


非適用疾患(禁忌)

    1.妊娠
    2.救急事態もしくは手術を必要とする場合
    3.悪性腫瘍
    4.出血性疾患


ただし、これら適用疾患・非適用疾患の区分は、鍼治療を、鍼という東洋医学の道具を用いて西洋医学的に治療する効果・禁忌という観点から評価したものです。
もとより東洋医学における疾病は五臓六腑の失調やそれにともなう気血津液の鬱滞により説明されます。そのため治療は経絡や経穴の運用により気血の流 れを調 整し、五臓の崩れたバランスを復帰させ、自然治癒力を回復することを目的に行います。つまり「気」という目に見えないものを説明しきれないため、西洋医学 的価値観の中では評価しにくいということなのです。

不調であるのに病と認識されない 『不定愁訴(ふていしゅうそ)』

下表は厚生労働省が継続的に実施している国民健康基礎調査における有訴者率のデータです。

どんな体の不調があるのかという質問への回答を、男女別・年齢階層別に整理しています。それによると

  • 男性は55歳、女性は35歳以上でほぼ3人にひとり、男性75歳、女性65歳以上でほぼ2人にひとりの割合でなんらかの体の不調を訴えている。
  • 有訴者率は男女とも年代とともに高くなっている。
  • その内訳をみると腰痛・肩こりはほとんどの年齢階層で1位、2位をしめており、その比率はほぼ3人にひとりという状態である。
  • 男女別では、男性は腰痛が多いのに対して、女性は肩こりが多い。
  • 腰痛・肩こり以外の疾患 についても頭痛、関節痛、体がだるいなど、鍼灸院が想起される疾患が多い。

ことがわかります。


さらに下図は同じく国民健康基礎調査の一部をグラフにしたものです。

左のグラフは健康状態を尋ねたもの、右のグラフはさきほどの有訴者率の一部を取り出したものです。この2つのグラフの比較から

健康状態を尋ねられると「ふつう」「よい」と回答する人が70%以上いるのに対して、体の不調があるかと尋ねられるとどこも悪くないと回答する人(非有訴者)は60%程度にとどまっている。
各階層別にみても常に10~15%程度のズレがあり、不調はあるものの健康だと考えている人が常に一定のボリュームで存在する。

ことがわかります。

一方、不調の上位が腰痛・肩こりであることからすると、実際には痛みのレベル差もあるのだとは思いますが、やはり腰痛・肩こりは健康のうちだという認識の人が多いようです。
実際には腰痛も肩こりも仕事の大敵ですよね。集中できないし、長時間はもたない。そしてこれから高齢化がすすめばどんどんこの有訴者率が上昇していくことは容易に推測できます。

ここでは鍼灸の適応疾患としての認定の有無に関わらず、一般に鍼灸治療が想起される疾患のうち、特に病院では「さまざまな症状は認めるものの、病たる検査 データに裏付けられないため病と認定されない」もの(これを不定愁訴と呼んでいます)について取り上げていきたいと思います。

肩 こ り

<西洋医学的所見>
西洋医学に単純な「肩こり」という疾患はありません。頚椎の疾患や耳鼻科、眼科、歯科、内科疾患の一症状としての「肩こり」はありますが、肩部の圧痛や筋硬結以外に症状がない場合、つま り「肩こりだけ」という時は、「特に問題なし」として診断がつかないことになります。「姿勢が悪い」「ストレス」だと説明されますが、そんな説明では納得できないくらい肩こりは辛いですよね。
内服薬として消炎鎮痛剤・筋弛緩剤・鎮静剤・抗うつ剤・ビタミン剤等、外用薬として塗り薬・はり薬・湿布薬等などの薬剤が処方されますが、これらは肩こりそのものを治療する薬剤というよりは、対症的に痛みを感じなくする薬です。

<東洋医学的所見>
東洋医学における「肩こり」は主として以下の証として捕捉されます。治療は関係経絡を調整することによります。
 

1.外感病(風寒の邪)

風邪により気の巡りが滞り体力が低下することにともない、首肩部の経脈が滞ると肩こりになります。

2.肝陽亢進

肝の潤いが不足すると熱を持ち、この熱が頭頚部まで上昇すると肩こりをもたらします。

3.肝血虚

肝が栄養不足でパワーが出ないと眼精疲労が発生したり、病後・産後の回復が遅くなったりします。同時に頚肩部の経絡が栄養されないことから固くなり肩こりが発生します。

4.寒飲

胸膈部に水分が停滞し浮腫んでくると、胸部の気のパワーが不足するようになります。背部に重圧感、拘急がおこり、頚項部に波及して肩こりとなります。

5.気滞血瘀

いらいらが募ったり、怒りでストレスをためた結果として、肝のパワーが低下し、首肩部の血行が悪くなることによる。または、長時間の不良姿勢や外傷などにより肩部局所に気血の滞りが生じることにより肩こりになります。

腰 痛

<西洋医学的所見>
西洋医学的には腰痛は主として筋筋膜性腰痛、椎間関節性腰痛、変形性脊椎症の3つに分類され、急に痛くなる場合と慢性的に痛い場合に分けて次のように考えられています。
 

1.急に痛くなる場合(急性腰痛)

急激な動作により筋や筋膜が伸ばされたり、部分的な断裂がおこることによる腰痛→筋筋膜性腰痛
急激な動作により関節が損傷することによる腰痛→椎間関節性腰痛

2.慢性的に痛い場合(慢性腰痛)

筋肉が疲労したり、硬くなること(瘢痕化)で、血液が循環しにくくなり発生する腰痛→筋筋膜性腰痛
関節が老化変性、さらには変形することで、神経を圧迫・刺激し、発生する腰痛→椎間関節性腰痛・変形性脊椎症
 

これらの腰痛に対して、内服薬として消炎鎮痛剤・筋弛緩剤・鎮静剤・抗うつ剤・ビタミン剤等、外用薬として塗り薬・はり薬・湿布薬等などの薬剤が処方されま すが、椎間関節性・変形性脊椎症の重いものについては手術によって患部の関節を補強するといった外科的な措置がとられることも多くなってきています。

<東洋医学的所見>
東洋医学においては、急性・慢性の腰痛に ついて、以下のように考えています。

1.急に痛くなる場合(急性腰痛)

気血阻滞
急激な動作などにより経脈・経筋を損傷すると、気血の流れが悪くなり腰痛となります 。

2.慢性

寒湿
寒さや湿度といった外部要因によって脾胃(消化器系)や腎(生殖・排尿器系)の機能が低下すると寒湿が特に下半身に停滞し、腰部の経絡気血の流れが悪くなることによって腰痛となります
腎虚
もともと腎の機能(生殖・排尿機能など)が弱いと、下半身の重だるさ、無力感、鈍痛などの腰痛症状が出やすい体質だと言われています。
 

治療は、気血を補うことで流れる勢いをつけるか、もしくは硬結を緩めることで流れの阻害要因を取り除くかによって行います。阻滞している経絡、もしくは不調な臓腑に関わる経穴に刺鍼・施灸し、気血の流れを改善すれば腰痛は緩和されていきます。

冷 え 性

<西洋医学的所見>
西洋医学においては、手足が冷たくて痛い、寝られない、腹痛や下痢、生理痛、低血圧などいわゆる冷えの症状があっても「冷え症」という病気だと診断されることはありません。ほとんどは自律神経失調症として、また女性 で50歳前後であれば更年期障害として診断されることになります。また貧血症、大動脈炎症候群、レイノー病、バージャー病などの冷えの症状を呈する疾患として診断されることもあります。
精神安定剤、鎮痛剤、下痢などの症状を緩和するような投薬によって対症的な治療が行われますが、冷え症の本体は自律神経の不調による末梢血管の血行不良です。

<東洋医学的所見>
東 洋医学における冷え症は寒湿、陽虚、瘀血(おけつ)が相互に作用しあって起こる症状だと考えられています。寒湿は季節・気候のほか、クーラーなどによる外 因であり、寒には収引性、湿には粘滞性があるため、気血の流れを阻害しやすいのです。陽虚は体のパワー(気)不足。パワーがないため血をめぐらすことができ ず、さらに血そのものも粘性高く、めぐりにくい(瘀血)。つまりただでさえ不足しているパワーが体の内外から阻害されてめぐらないようにされた結果、体が冷えている状況をつくるということです。
冷えにのぼせを伴う症状は「上熱下寒」といい、心腎不交(陽をつかさどる心と陰をつかさどる腎がバランス調整しない結果、上半身は燃え盛り、下半身は冷えるという証)によるとされます。更年期障害のホットフラッシュなどがこれに該当すると考えられます。
治療は腰背部、腹部の経穴に刺鍼・施灸することにより気血を補い、陽気を回復させます。また、寒湿・瘀血(おけつ)で滞っている経絡を調整することにより、気血がめぐるように調整します。


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